夢の島=吸殻の山

本内容は「せいじん」を対象としています。

夢奇述——15th とりっぷ(2020/07/06)

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 私は学ラン姿で、殺し合いに参加していた。
 環境はひどく特殊であり、ジャングルと迷路を組み合わせた屋内。さながら遊園地の屋内ライドアトラクション施設のようだった。
 同級生同士での殺し合いであったが、必ずしも人間ばかりでなく、ひとを襲う生物もランダムに配置されているらしかった。私が目撃しただけでも、巨大タランチュラ、大蛇、肉食エイがいた。なかでも肉食エイは捕食現場を目撃している。澱んだ水溜まりから陸にあがったばかりといった様子で、同じく学ラン姿の少年の腹部に鋭い尾を突き刺し、覆いかぶさる形で食べていた。私はなるべくその生物を刺激しないよう、慎重に遠回りしながら通り過ぎ、別室へつながるドアをくぐった。
 この殺し合いは、〈気性の荒い者〉と浅野忠が優勝候補であることは知っていた。それでも、死にたくないという思いから、私は虎視眈々と優勝を狙っていた。とはいえ、私は強くなかった。非力であり、勇猛さなど露ほどもなかった。力を欲するものの、あくまでそれは願望であり、隠れながら活動するのがせいぜいで、じぶんひとりではだれも殺せなかった。くぐった先のあらたな部屋では、〈気性の荒い者〉が上半身裸で、とある少年に馬乗りでやたらめったらに拳を打ちつけていた。かれの筋肉が盛り上がった広い背を目視し、すぐに身の危険を感じて近くの叢に身を潜めた。気付かれずに済んだ。しばらくして、〈気性の荒い者〉は肩で息をしながら、おぞましい笑みを顔に張りつけたまま辺りを窺い、のっそりと立ち上り、真っ赤な夕陽があるほうへと歩み、別室に去っていった。私はおそるおそる叢から抜けだし、大の字に倒れている少年のもとに向かい、安否を確認した。瀕死状態だった。顔は血まみれで目から上唇のあいだは陥没していた。地面には血だまりが出来ていた。しかし、息はあった。
 ——死んでない!
 私は胸の内でほくそ笑んだ。かれを殺せばポイントを稼げる! そう考え、私はトドメを刺した。動かないことをいいことに、絞殺したのだった。
 〈気性の荒い者〉との遭遇を恐れつつも、私も別室へ移っていった。
 いくつかの部屋を抜けて、キッチンルームにたどり着いた。そこでは、私と同じく非力な者がいた。かれは怯えていた。私のなかで妙な親切心が湧き、隠れようとしている背後から声をかけた。かれは驚き、逃げようとした。
「待て。協力しようじゃないか」
 いつ何時襲われるかがわからないため、声を押し殺して私はいった。
「なにをいってる?」
「いっしょに生き延びるんだ。ほら、ぼくだって弱い。協力すれば、じぶんよりも強い奴に勝てるだろ」
 相手は心を多少動かされたようだった。
 そのとき、別の者の気配を感じた。私たちは素早く屈み、隠れた。私は収納カウンターの観音開きの棚のなかに隠れ、仲間になりかけた少年はやはり観音開きになっているキッチンカウンターの棚に隠れた。ちょうどお互いの様子が確認できる真向いの位置だった。私は扉の隙間から窺った。足音。つづいて、スラックスと革靴がみえた。あきらかに隠れている場所を特定している足取りだった。目の前でとまった。いきなり、その足の持ち主は屈みこんだ。正体は浅野だった。包丁を手にしていた。かれはキッチンカウンターのほうの扉を開けた。なかに潜んでいた少年は悲鳴をあげ、浅野を遠ざけようと、むなしくも両手を前に突き出し、バタバタした。浅野は容赦なく胸部のすこし下あたりを包丁で突き刺した。少年は泣きながら抵抗した。だが、浅野はビクともせず、静かに少年がおとなしくなるのを刺しながら待っていた。やがて少年はぐったりした。浅野は隙間から覗いている私を見返した。私がいることも気付いているようだった。ぞっとした。私はつい今しがた刺された少年のようになりたくなかった。とっさに私は自ら扉を開け、浅野の前に身を晒した。そして、愚かにも、じぶんがさも色気のある女のように、科をつくって、かれを誘惑しようとした。なんであれば、尻の穴を捧げてもいいとまで考えていた。浅野は艶めかしくすり寄ろうとする私を突っ撥ね、嘲笑しながら、殺す価値もないといわんばかりに軽侮の目を向けた。
 そして、かれは私に向かって、
「そこまでして生き延びたいか」
 と訊いてきた。
 私は必死に頷いた。
「じゃあ、この半殺しにしたやつを殺してみろよ」
 包丁を抜き、かれは数歩下がって、促した。
 私はよろこんでぐったりしている少年を棚から引っ張り出し、かれの顔面を思い切り蹴り上げた。

         ***

 まずは何はともあれ、じぶんが放りこまれている場所あるいは環境が興味深い。
 見事なまでに人工と自然がない混ぜになっており、違和感はふしぎとなかった。違和感を働かせない主な要因としては、屋内ライドアトラクションのようだと感じさせるチープさがあったためと推測する。
 それぞれ細かくまで場所の状況を明らかにしていくと、地面はたしかに床でなく、地面そのものであった。叢や樹木に関しても本物である。そして、度々見受けられた水溜まりも澄み切ってはおらず、微生物や菌が繁殖していそうな泥水であった。土埃もあった。自然特有の不衛生さが充満していた。それでありながら、枠は明確に設けられており、奥に進むと必ずドアがあった。ドアは鋼鉄製で、塗装はされていなかった。つまり、入口と出口はそれぞれひとつ。仕切りがあり、あらゆる方向から別室に移動というのは不可能になっていた。とはいえ、壁はみえなかった。たしかな奥行があった。これは壁がスクリーンかなにかになっており、ジャングルやサバンナの遠景を映していたからのように思う。にしても、映像と思えないほど、鮮明ではあった。
 この流れで、場所を先行して説明するならば、夢の最後のほうで登場するキッチンルームは、仄暗かった。薄明のじんわりとした光が窓からけだるげに差しこんでいて静寂感を一層際立たせるような感じであり、開店前の料理店の厨房といった様相だった。キッチンカウンターと収納カウンターはともにステンレス製。床はタイルだった。無機質な雰囲気で、キッチンルームに至るまでに通過した部屋とはうって変わり、明確な壁があり、汚れはなかった。
 つぎに、私の年齢だが、正確に特定はできないものの、じぶんの服装や思考、同級生の様子から察するに、中学生に該当する年齢であったように思う。じっさい、登場する人物たち(同級生たち)を私は中学生と認識していた。
 そのなかで主軸となる人物は、やはり私の記憶に残り、また内容にはっきりと登場する〈気性の荒い者〉、浅野忠、怯えた少年であろう。〈気性の荒い者〉だけは、どうしても顔が思い出せない。身体と笑みしか印象に残っていない。中学生とは思えぬほど、上半身の筋肉が隆々としており、身長も大きかった。プロレスラーの体躯を思わせる。かれは「気性が荒い」といった表現では片付けられないような狂気——人殺しを心底愉しんでいて、それを性的快楽に結びつけていそうであった——が感じられた。浅野は実在世界において中学時代に親交のあった不良である。とある喧嘩で認められ、親しくなった。不良らしく、勉強をしない、先生のいうことをきかない、タバコは喫う、酒は飲む、仲間意識が強い、情が厚い、度胸があるといった人物であった。中学生にしては大柄で土方のような体躯をしていた。夢においてはそのままの姿で登場している。私のかれに対する認識は〈力の強い者〉。ゆえに、私は尻の穴を捧げてもよいと考えたのだろう。無意識界において有意識の私は、力を欲していた。抱かれることで、かれの持つ力にあやかろうとしたのである。そして、怯えた少年。これは瀧沢なる人物——かれも実在世界にいた、高校時代のはじめのほうで親交があった——だったかもしれない。正直に白状して、私は当時——いまもだが——かれのことが嫌いであった。面倒な絡みが多く、私のことを見下して、乱暴な振舞いをよくしていた。本人はそれを自覚していないのが余計に癪に障った。喧嘩となると、途端に尻込みする人物であった。だから、夢では半殺しの目に遭い、あげく私に顔面を躊躇なく蹴られたのだろう。
 いずれにしても、かれらは〈本当のかれら〉ではない。有意識界に浮上することのできない、無意識界の無数の〈私〉である。かれらの皮を被り、それぞれが何かしらの象徴として機能した、〈私〉たちなのだ。殺し合いというのも、無意識界における〈私〉が増えたため、それをいくらか間引くために行われたものだと考える。不要な〈私〉の処理といったところか。仮にその憶測が正しかったとして、なにを基準に必要か不要かの判断が下されるのかが気になるところではある。もしかしたら、必要不要の取捨選択なんてものはなく、闘争によって勝利した者が「必要」となるのかもしれない。それこそ、卵子に向けて突進し、到達したたったひとつの精子のように。