夢の島=吸殻の山

本内容は「せいじん」を対象としています。

夢奇述——13th とりっぷ(2020/07/03)

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 ブックカフェのカフェスタッフアルバイトとして働いていた。上に指示されるがままに、仕事をこなしていた。軽食や飲物の準備、食器洗い。ほかのスタッフと混じって忙しく働いていた。トレーの回収などもしており、そのながれで、かんたんな接客もしていた。カフェは客だけがいるというわけではなく、カフェ経営に携わる身内の社員も商談で利用していた。
 片隅の席で社長とデザイナーが商談。
 社長は横柄で直情的。デザイナーはテレビ関係者のような小太りで脂ぎり、やや不潔な人物だが、物腰やわらかく、裏で何か考えていそうな人物であった。
 社長は商談中、気が立っていた。理由は知っていた。社長は家内にお気に入りのマイナーアルバムを傷つけ(棚に乱雑に詰まっていたミュージックアルバムの整理の時——家内が勝手に無断で整理したという——に、スケートボードのデッキテープを十字にかけられ、それを外すときに破れた)られたのだった。
 私はその商談にあまり気を留めず、じぶんの仕事に集中した。仕事が済み、着替えて退勤するために、カフェスペースを抜け、事務所兼スタッフ控室にひっこむ。
 まもなくして、社長も事務所兼スタッフ控室に帰ってきた。商談自体はうまくいったものの、すべてがすべて思惑通りにいかなかったらしく、社長は社員に当たり散らしていた。
 その雰囲気を察して、不条理に叱られている社員のために、じぶんになにかできないか、幾ばくかの協力でもして社長の機嫌を良くできないかと考え、まだカフェスペース残っているデザイナーの許へ向かった。
 私はデザイナーと知り合いの仲であるらしかった。
 デザイナーと向かい合って坐り、今度発売予定のアルバムジャケットの新解釈を依頼した。デザイナーの仕事がそれにより嵩み、負担が増えることは承知だった。しかし、全体の変更ではなく、あくまで一部のデザインを変える——ないしは、デザインの転回を示したため、デザイナーは「仕方ないでしょう、お得意様ですから……わかりました」と苦笑しつつも快く呑んだ。
 この一件から、私は社長に気に入られたらしく、アルバイトから社員となった。
 勤務地(東京駅のとあるブックカフェから渋谷のとある高層ビル)が変わり、会社勤めとなった。
 業務内容は、主に事務。会社が運営する塾の室長も兼ねていた。
 社員になってから相当の時を費やしたらしい。
 いつの間にか、塾の生徒数は66名になっていた。
 入社してすぐの直属上司は塙島という人物で、かれはやさしく、息が合った。
 会社の規律に従わず、自由気まま(私服、出勤時間遅刻、姿勢の悪さ)に振る舞う私に怒ることがなかった。むしろ、それでいて結果をしっかり残せていることを評価していた。
 かれは月日を追うごとに私が目に見えて実績を出すようになって、安心したらしい。じぶんの全仕事を私に任せ、会社の意向にしたがい、食品関係(十代のための食育)の部署へ転属していった。
 その後に、あらたな直属上司となる斎藤と私は対立した。
 斎藤は口先と外見だけであった。さわやかな見た目。サラリーマンらしく、スーツをかっちりと着、上司への媚びは徹底していた。同僚や部下にたいしては自慢話や面倒ごとを押しつける指示ばかりであった。肝心の仕事はろくにしていなかった。事務に熱心なふりをして、会社のパソコンでゲームをし、パソコンのまえにいるのが疲れると、同僚との談笑に講じていた。
 私はかれが嫌いだった。かれも私が癪に障るらしく、私の席を端に追いやり、そればかりか、陰口を叩いたり、いびったりした。
 塙島への恩義もあり、かれの存在をできうるかぎり無視して仕事をつづけていたが、あるとき耐えかねて、きつい一言を浴びせた。
「いまの経営を任されている塾を掌握して独立、会社に損失を出してもいいんですよ?」
 その言葉に斎藤はひるみ、私の席を塙島がかつて仕事していた席へ移すよう指示し、私を避けるようになった。
 斎藤のいざこざは済んだが、それでもかれのような人物を雇っている会社に居つづける気になれず、また斎藤を破滅させるため、独自のコミュニティを築いて、会社の持ち物である塾を乗っ取る決意をした。

   ***

 苦笑いがへばりついた夢であった。起きてすぐ、自動筆記的にメモを取りだしたときはそんなことなかったが。
 皮肉にも立身出世物語になっている。実在世界においては立身出世など程遠い。とはいえ、これらの事象は心当たりがありすぎる。
 推測するまでもない。私の仕事の遍歴がほとんどそのまま無意識の〈私〉によって使用されている。登場人物たちも実在世界において、存在する者ばかり(なんと、当人物の印象までも丸ごと使われている)だ。
 これを詳らかに実在世界と照らし合わせながら語っていくと、自伝になりかねないため、淡白に済ませることにする。
 まず私の実在世界での仕事遍歴を順に並べると、家庭教師派遣会社(アルバイト映像編集員)→ブックカフェ(ブックディレクター)→学習塾(室長)の流れである。
 夢ではこの流れがウィリアム・バロウズのカットバック手法のような形をとっており、並び替えられ、また混淆され、ブックカフェ→家庭教師派遣会社→学習塾となっている。
 登場人物たちはそれぞれの舞台でじっさいに上司であった者で、社長はブックカフェ時の上司、塙島は現在の学習塾での上司、斎藤は家庭教師派遣会社の上司であった。おもしろいのは、デザイナーである。かれもまた、私がライター業兼映像編集業を行っていたときの上司である。かれらの印象は夢の内容で登場したとおりである。変更はない。付け足すのであれば、ブックカフェの社長であろうか。私は斎藤だけでなく、かれも嫌いである。大企業から出向してきたサラリーマン社長ということもあり、コンセプトが安定しておらず、また自分の責任を下の者によく押しつけていた。そのくせ、じぶんが一番苦労しているという話を欠かせたことがない。社長は、斎藤とともに、私にとっては反面教師として記憶している人物である。
 さて、つぎに、非実在と実在の食い違いについてだが、もちろん、ところどころある。だが、私がブックディレクターとしてではなく、カフェスタッフとして働いていた、ここは差異のなかでも興味深い点であるように思う。たしかに、カフェスタッフが不足していたとき、私は皿洗いと軽食づくりで入っていたこともあったが、長く継続的にやっていたわけではない。単発である。これは商談への介入を潤滑にするための計らいだろうか。ちなみにいうと、社長とデザイナーの商談もじっさいにはなかった。ましてや、ミュージックアルバムのジャケットなど。今回の夢のなかで、私にとってはもっとも突拍子もない部分である。ただ、好奇心はくすぐられる。私、社長、そしてデザイナー間で交わされたアルバムジャケットはどんなものであったか。そもそもジャンルは? バンド名は? 社長が家内に傷つけられたというアルバムは?
 社長はアメカジスタイルを好む人物であった。そこから推測すると、家内に傷つけられたというアルバムは、キャプテン・ビーフハートだろうか。それとも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドだろうか。はたまた、レジデンツかもしれない。
 商談で話がまとめられたアルバムは北欧(フィンランドか?)の実験音楽のような気がする。
 いずれにせよ、アルバムのくだりは想像を逞しくさせるしかない。
 アルバムの場面だけではない。ときどき女性社員や男性社員も登場していたにもかかわらず、かれらの記憶はまるでなく、本筋ばかりが記憶にある。細かい部分は有意識の私が想像力を働かせて補う必要があるほど欠落している。私小説的だ。私小説的であるがゆえに、実在世界に則し、なおかつ実在世界よりも整合性がとれ、結果に至るまでの過程が明確である。