ツメノめ

本内容は「せいじん」を対象とし、一部過激な思想、表現を用いています。

夢記述――5th とりっぷ(2020/06/24)

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 欧米人しか滞在していないホテル。
 男女の白人カップルが等間隔にドアの前で並んでいる廊下を通る。

 男はパンツのみ、女はブラジャーとジーンズという恰好ばかりだった。
 内装は品がよく、洗練されていた。
 深紅の絨毯に、マホガニー製の壁。壁の下半分にはシンプルな白の壁紙が貼られていた。

 私はそれらを尻目にエレベーターの乗降口のまえに立ち、ボタンを押した。
 私はくたびれたシャツにトレンチコートという姿だった。

 エレベーターでも廊下にいたのと同じような男女が乗っていた。
 かれらは人形のように無表情で、直立したまま微動だにしなかった。
 エントランスホールを抜けて外に出る。
 深夜で小雨が降っていた。空気は湿気をふくみ、すこし肌寒かった。
 私は傘もささず、駄菓子愛好家らしく、フルーツグミをときどき口に運びながら歩いた。
 三ブロック先のコンビニに立ち寄る。
 そこで、砂糖でコーティングされたラムネを物色した。
 菊間店長が私の存在に気づいた。
「やあ。ひさしぶりじゃないか。よくきたね」
「あ、どうも」
「ここを辞めてからどうだい? 生活のほうは」
「ぼちぼちですよ」
「こっちはさ、君が抜けてさいきん新しい子をいれたんだよ」
「そうなんですか」
「いやあ、なかなか使えなくて困ってる。どんくさくてね」
 そういって、菊間店長は新人のほうを見遣った。
 私もつられる。
 青白く痩せこけた郡山が頼りなさげに品の陳列をしていた。要領を得ず、もたついていた。
「陳列……手伝いましょうか?」
 私は思わずいっていた。
「いいのかい? それは助かるなあ」
 私は菊間店長を手伝い、精肉の陳列をした。
 コンビニであるにもかかわらず、生鮮食品なども扱っており、品の豊富さはスーパーだった。
「君がもどってきてくれたらなあ」
 菊間店長は陳列作業をしながらぼそりといった。
 陳列の手伝いを終え、ラムネを買うのも忘れて、学校のようなところに赴いた。
 そこが教育機関なのか定かではなかった。
 靴も脱がずに建物のなかの階段をあがって職員室のようなつくりの部屋に入る。
 そこにはスーツを着た多くの同級生たちがいた。かれらは坐って事務作業をしていたり、忙しく立ち歩いていたりしていた。
 そのなかに混じって、幽霊のような意識体を見つけた。
 それは脂ぎった長髪を垂らしており、腰が曲がっていた。手の爪が鋭く長く汚らしく伸びきっており、ギョロ目だった。
 私は耐え難い好奇心に負け、それに近づき、話しかけた。
「あなたは何なんですか? あなただけちがいますよね?」
「きみだけが私を見れている」
 意識体はゆっくりと顔をこちらに向け、私を覗きこむように凝視した。
「え?」
「きみだけが私を見れている」
 再度、何者なのかを訊こうとした。
「おい、なにしてんだよ」
 同級生に声をかけられた。
 私は意識体から視線を外した。
「いこうぜ。もうみんな行ってる」
 職員室にいる同級生たちはぞろぞろと出て行っていた。
 私も声をかけて来た同級生とともに、職員室を出た。
 家庭科室でパーティーが行われていた。
 大和田がいた。かれはすでに酔っていた。顔を赤らめ、焦点の定まらない眼で私を捉え、陽気に声をかけてきた。シャンパングラスを手にしていた。私の父と母と談笑している最中のようであった。
 父と母も酔っていた。
 私もその輪のなかに入る。
「いって、酔っぱらったときに浮気したことあるでしょ」
 大和田はずけずけといった。
 父は困ったように微笑むだけだった。
 それを消極的な肯定であると読み取ったらしく、母は静かに怒りを顔で表した。
 とんでもないところに立ち入ってしまったと思い、用事を思い出したふうを装って抜けた。
 鏡圭介を見つける。
 私はかれの姿をみて瞬時にカッとなり、思い切り殴りつけた。
 かれはふてぶてしい顔をこちらに向けた。
 すかさず私は拳をさらに繰り出した。それでやめなかった。相手が弱気な反応をみせるまで殴りつづけた。
 しかし、かれは泣く素振りなければ、倒れもしなかった。不敵な笑みをうかべるだけだった。かれは抵抗しなかった。私の拳によって傷がつけられ、血が垂れ、顔がぐちゃぐちゃになっていくだけであった。
 息を切らす。
「おい、どうした。もっと殴れよ。かかってこいよ」
 鏡はいう。
 それがまた癪に障った。かれを倒せば景品をもらえると思いこみ、殺す覚悟でふたたび拳をふるった。

   ***

 関わってくる人物たちは実在の者たちが多かったが、同級生はいったい誰だったのだろう?
 唯一、同級生の顔だけが判然とせず、ぼやけた印象のまま、いまに至っている。
 それと現在、これを記述しているのは九月十四日である。
 この夢以降ももちろん夢はみていて、メモをしているわけだが、奇妙なことに、後の、夢と捉えたらよいのかどうなのかわからない夢に、意識体に似たものが出てくる。
 このときから兆候はあったのだろうか。
 そんなことはさておき、実在の人物たちに焦点を当てていくことにする。
 まずは菊間店長。かれは私がはじめてアルバイトをしたコンビニの店長であった。夢に出てきたとき、郷愁の念にも似た感情がかすめた。かれは坊主頭で、私がアルバイトをしていた当時、四十代半ばだったと記憶している。おそらくいまは五十代半ばに差しかかる頃だろう。大仏のような見た目であったが、滅多に笑うことがなく、理不尽で、感情的によく怒った。まわりのアルバイトの者たちからは嫌われていたが、私は嫌いではなかった。だれもシフトに入らず、私と店長がふたりきりで店番をした、ある土曜日の会話が、おそらく作用している。当時、客のいないわずかな時間、なにか目標はあるのかと訊ねられ、羞恥心をひきずりながら、小説家になりたい旨を伝えると、かれもかつては映画監督を志していたらしく、大いに励ましてくれたのだった。ふだん、あまり笑わないかれがそのときは笑っていた。それが印象に残っている。
 つづいて郡山である。かれは現在の同僚である。あまり会う機会がない。かれも教室長であるからだ。しかし、たまに事務の関係で、私の教室に顔を出してくれることがある。優しく、二十代半ばにしてはおそろしく純粋な男である。唯一の趣味は映画鑑賞であるものの、バッドエンドの映画は気分が滅入ってしまうからという理由で観ないらしい。ハッピーエンドの映画――それもファンタジーを好んでいるそうだ。とにかく毒気がなく、そこが私にとっては物足りなさを感じてしまう部分なのだろう。これが夢に投影されたのかもしれない。
 大和田は、ナンパが趣味の部下である。私が教室を立ち上げて、もっとも長いつき合いの部下でもある。ひと付き合いが達者な気質ではなく、ナンパが趣味であるにもかかわらず、場の空気を読むことを苦手とし、ときとして相手に不愉快な印象をあたえる発言を自覚なくしてしまう。夢での様子がまさしくである。ふだん生活するうえでは自ら接しようとは絶対に思わない。また、かつてであればすすんで避けていた。私はかれと正反対な性分なのだ。個人的には仕事という環境でなければ出会うこともなく、また親しくすることもなかっただろうと確信している。とはいえ、散々なことを書いているが、かれとの交流を嫌がっているわけでもなければ、無理しているわけでもない。正反対だからこその、ある程度の好感を抱いている。人間だれしも良いところもあれば悪いところもある。職務にたいしてはひどく真面目なのだ。私はそうではない。素直に感心している。
 さいごの鏡圭介は、小学校の頃の同級生であり、同じマンションの住民だった。どうしてかれがとつじょとして夢に出現してきたのかが不明である。ひさしい間、忘れていた。ずいぶんと古い過去を世界構成に使用したものだと思う。小学生の頃の私は、かれを無性に嫌っていた。友人グループのなかにいたため、しかたなく接していた。とくに不快なことをされたわけでもないが、見ているだけで腹が立った。その無邪気な怒りが夢の私にもよくあらわれている。かれは醜い体型をしているにもかかわらず、人一倍自己顕示欲がつよく、また自己陶酔があからさまであった。ひとをつねに見下し、嘲笑的であった。当時はわからなかったが、そこが私の憤りを触発させたところなのだろう。嫌いであり、苛立ちもあったが、たしか、夢で起きたような喧嘩はしなかったはずである。関係は小学校卒業とともに途絶えた。私が私立中学に入学し、引っ越しをしたのだ。かれがいま、どのような生活を送っているかは知らない。仮に再会したとしても、積極的に関わることはけっしてないだろう。夢のなかの姿は、小学生の頃の風貌が大きくなっただけだった。