夢奇述——1st とりっぷ(2020/06/14)
ひさしぶりにかつての教え子である遠藤雅彦が教室に来た。
かれは白ワイシャツに黒のスラックス、革靴という制服姿だった。
明らかに気落ちした様子で、私にいった。
「第一志望に受からなかった」
それは知っていた。不合格になってから半年以上は経っている。
「まあ、気にするなよ。高校受験合格が人生のすべてじゃない。これから大学もあるだろう。そこで今回ダメだった分、がんばればいいじゃないか」
「第一志望に受からなかった」
かれは私の発言を無視するようにふたたびくり返した。
私は室長机の席を立ち、かれの肩を叩いて慰めの言葉を口にしたが、聞いている様子はなかった。
かれは教室を出た。私は追いかけたが、見失った。教室にひとり戻った。
そこから時間が早送りに経過し、終業時間となった。私は実家に帰った。
実家は十五階建てマンションの九階である。
エレベーターであがり、廊下を歩き、玄関ドアを開けて靴を脱ぐ。なにやら不穏な感じがして、すぐにベランダへ出て、柵の下を覗いた。
遥か下の地面に遠藤雅彦は倒れていた。
それを目の当たりにした瞬間、視界が高倍率にした顕微鏡のように、狭く、急接近した。
死体は現実味を伴っていた。頭が一部裂け、桃灰色の脳がすこし見えていた。両脚とも不自然な方向に曲がっていた。所狭しと敷き詰められたコンクリートタイルは遠藤の血を吸い、赤黒っぽく変色していた。目は見開かれており、口も半開きだった。服は会ったときと変わらずだった。
通行人のひとりが死体のまえで屈む。見物人も集まってくる。どうやら死んだ直後であるらしい。
私は柵から身体をひっこめた。
かれは鬱病だったのかもしれない、しかたない、こういうこともある、と考えた。
***
語った内容は、私が夢を記述していこうと決意した夢である。
私の夢は〈既製品〉の寄せ集めで作られている。
だから、じっさい、この世界において、私はとある片田舎で塾の室長をしている。そこの教室がそのまま出てきた。もちろん、遠藤という人物も実在の人物である。かれは一期生だった。第一志望の高校にも受からなかった。かれはたしかに成績優秀ではあったが、それ以上に自信家であった。その性格が災いしたのである。当時から私はかれに注意していたが、聞き入れてもらえなかった。そういうものである。いまは、高校二年生になり、夢のなかの様子とはうって変わって、まるで正反対の健全な生活を送っていることだろう。もともとひとつの物事にたいして深く落ちこむ性格ではない。
この夢から記述していこうと考えたのは、度々夢で他者の自殺を目にすることがあるからである。
なぜ、他者(じっさいには死んでおらず、また自殺の気すらない人物が対象となっている)の自殺を度々みるのか。それは多少なりとも私に自殺願望があるからかもしれない。が、そこへ考えを寄せていくのは軽薄であろう。おそらく、私の人格形成において重要な位置を占める出来事がたまに表出しているからだと推測するのが自然である。
その出来事というのは、高校生の頃に経験した、私の名付け親でもある伯母の自殺であるし、大学卒業後一年目に経験した意中の女性の自殺である。